占有権
2025年11月19日
『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
占有権は、自己のためにする意思をもって、物を所持することによって取得する(民法180条)。「自己のためにする意思」とは、物の所持による事実上の利益を自己に帰属させようとする意思をいい、所有者の主観ではなく、所持を営む外形的、客観的事情から判断されます。「所持」とは、物に対する事実上の支配をいいます。必ずしも物理的に物を支持している必要はなく、社会通念上、物がその人の事実的支配内にあると認められれば、「所持」といえます。
占有権と民法185条の「新たな権原」(最判昭46.11.30)
■事件の概要
Aは、兄Yから、Y所有の本件土地建物の管理を委託されたため、本件建物の南半分に居住し、本件土地および本件建物の北半分の賃料を受領していた。その後、Aは死亡し、Aの妻Xと子BとCが相続人となった。Xらは、Aが死亡した後にも、本件建物の南半分に居住するとともに、本件土地および本件建物の北半分の賃料を受領してこれを取得しており、Yもこの事実を了知していた。その後、YがXらに対し、本件土地建物の明渡しを求めたところ、Xらは、本件土地建物を時効取得したと主張して、これを拒んだ。
判例ナビ
取得時効の成立に必要な占有は、所有の意思をもった占有(自主占有)でなければなりません(民法162条)。しかし、Aは、Yから委託を受けて本件土地建物を管理していたにすぎませんから、Aの本件土地建物に対する占有は、所有の意思がない他主占有です。そこで、Xらが本件土地建物を時効取得するには、「新たな権原」により所有の意思をもって本件土地建物の占有を始めた(185条)といえる必要があり、相続が「新たな権原」といえるかどうかが問題となりました。原審は、Xらの時効取得の主張を認めなかったため、Xらが上告しました。
■裁判所の判断
原審の確定した事実によれば、Aは、かねて兄であるYから、その所有の本件土地建物の管理を委託されたため、本件建物の南半分に居住し、本件土地および本件建物の北半分の賃料を受領していたところ、Aは昭和24年6月15日死亡し、Xらが相続人となり、その後も、Aの妻Xにおいて本件建物の南半分に居住するとともに、本件土地および本件建物の北半分の賃料を受領してこれを取得しており、Yもこの事実を了知していたというのである。しかも、BおよびCが、A死亡当時それぞれ6才および4才の幼少にすぎず、Xはその母で多少無学であって、BおよびCとともに本件建物の南半分に居住していたことは当事者間に争いがない。
以上の事実関係のもとにおいては、Xらは、Aの死亡により、本件土地建物に対する同人の占有を相続により承継したばかりでなく、新たに本件土地建物を事実上支配することによってこれに対する占有を開始したものというべく、したがって、かかるXらに所有の意思があるかどうかいかんについては、XらのAの死亡を機会になした右のような「新たな権原」により本件土地建物の自主占有をするに至ったものと解するのを相当とすると、これを覆すに足る原審の挙示は、これを肯認するに足りないものといわなければならない。
しかしながら、他方、原審の確定した事実によれば、Xが前記の賃料を取得したのは、YからAが本件土地建物の管理を委託された関係にあり、同人の遺族として生活の援助をうけるという趣旨で許されたためのであって、Xは昭和32年12月以降57年9月までに本件家屋の南半分の家賃を支払っており、Aの死亡後Xが本件土地建物を占有するにつき所有の意思を有していたとはいえないというのであるから、Xらは自己の占有が自主占有であることを主張しても、本件土地を時効によって取得することができないものといわざるをえない。
解説
本判決は、被相続人が占有していた不動産につき、被相続人が、被相続人の死亡により占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合、その占有が外形的客観的にみて独自の占有に基づくものであるときは、相続人は、独自の占有に基づく時効取得の成立を主張できるとし、相続が民法185条の「新たな権原」となり得ることを認めました。ただし、本判決は、Xの時効取得の主張を排斥し、Yの上告を棄却しました。Xが賃料を取得したのは、Aの遺族として生活の援助を受けるという趣旨であり、また、XはYに本件家屋の南半分の家賃を支払っており、Aの死亡後も本件土地建物を所有の意思をもって占有していたといえなかったからです。
◆この分野の重要判例
他主占有者が相続した場合における自主占有の証明責任 (最判平8.11.12)
他主占有者の相続人が自己の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合において、右占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である当該相続人において、その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を自ら証明すべきものと解するのが相当である。けだし、右の場合には、相続人が新たな事実的支配を開始したことによって、従来の占有の性質が変更されたものであるから、右変更の事実は取得時効の成立を主張する者において立証を要するものと解すべきであり、また、この場合には、相続人の所有の意思の有無を相続という占有取得原因事実によって決定することはできないからである。
解説
一般に、占有者は所有の意思で占有(自主占有)するものと推定されるので(民法186条1項)、占有者が占有の意思が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は、その占有が所有の意思のない占有(他主占有)であることについて立証責任を負います。本判決は、他主占有者の相続人が自己の占有に基づいて占有物の時効取得を主張する場合、186条1項は適用されず、自主占有であることを証明しなければならない、すなわち、自主占有であることの証明責任は、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である相続人にあるとしました。
過去問
Aは、Bから土地を借り受け、建物を建てて居住していた。当該土地の借受け時から7年たったところでAが死亡したため、別の場所に居住していたAの相続人Cが、当該土地がAの所有であったと信じて当該建物に転居し、更に12年が経過した。この場合において、BがCに当該土地の明渡しを求めたときは、相続は新権原には当たり得ないことから、Cは自らの占有のみを主張して10年の取得時効を援用することはできない。
(公務員2014年)
被相続人Aが他主占有していた不動産について、相続人Bが、Aの死亡により同人の占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合、その占有が外形的客観的に見て独自の占有に基づくものであるときは、Bは、独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができる。この場合、民法第186条第1項により、占有者は所有の意思をもって占有するものと推定されるから、Bの取得時効の成立を争う相手方が、Bの占有が他主占有であることの主要立証責任を負う。
(公務員2020年)
相続人が、新たに相続財産を事実上支配することによって占유を開始し、その占有に所有の意思があるとみられる場合は、被相続人の占有が所有の意思のないものであったときでも、相続人は民法185条にいう「新たな権原」により所有の意思をもってする占有を始めたといえます(最判昭46.11.30)。当該土地がA所有であったと信じて当該建物に転居したCは、「新たな権原」により所有の意思をもって占有を始めたといえ、自らの占有のみを主張して10年の取得時効を援用することができます。
他主占有者の相続人が自己の占有に基づいて占有物の時効取得を主張する場合、186条1項は適用されず、Bは、自己の占有が自主占有であることを主張立証しなければなりません(最判平8.11.12)。
占有権は、自己のためにする意思をもって、物を所持することによって取得する(民法180条)。「自己のためにする意思」とは、物の所持による事実上の利益を自己に帰属させようとする意思をいい、所有者の主観ではなく、所持を営む外形的、客観的事情から判断されます。「所持」とは、物に対する事実上の支配をいいます。必ずしも物理的に物を支持している必要はなく、社会通念上、物がその人の事実的支配内にあると認められれば、「所持」といえます。
占有権と民法185条の「新たな権原」(最判昭46.11.30)
■事件の概要
Aは、兄Yから、Y所有の本件土地建物の管理を委託されたため、本件建物の南半分に居住し、本件土地および本件建物の北半分の賃料を受領していた。その後、Aは死亡し、Aの妻Xと子BとCが相続人となった。Xらは、Aが死亡した後にも、本件建物の南半分に居住するとともに、本件土地および本件建物の北半分の賃料を受領してこれを取得しており、Yもこの事実を了知していた。その後、YがXらに対し、本件土地建物の明渡しを求めたところ、Xらは、本件土地建物を時効取得したと主張して、これを拒んだ。
判例ナビ
取得時効の成立に必要な占有は、所有の意思をもった占有(自主占有)でなければなりません(民法162条)。しかし、Aは、Yから委託を受けて本件土地建物を管理していたにすぎませんから、Aの本件土地建物に対する占有は、所有の意思がない他主占有です。そこで、Xらが本件土地建物を時効取得するには、「新たな権原」により所有の意思をもって本件土地建物の占有を始めた(185条)といえる必要があり、相続が「新たな権原」といえるかどうかが問題となりました。原審は、Xらの時効取得の主張を認めなかったため、Xらが上告しました。
■裁判所の判断
原審の確定した事実によれば、Aは、かねて兄であるYから、その所有の本件土地建物の管理を委託されたため、本件建物の南半分に居住し、本件土地および本件建物の北半分の賃料を受領していたところ、Aは昭和24年6月15日死亡し、Xらが相続人となり、その後も、Aの妻Xにおいて本件建物の南半分に居住するとともに、本件土地および本件建物の北半分の賃料を受領してこれを取得しており、Yもこの事実を了知していたというのである。しかも、BおよびCが、A死亡当時それぞれ6才および4才の幼少にすぎず、Xはその母で多少無学であって、BおよびCとともに本件建物の南半分に居住していたことは当事者間に争いがない。
以上の事実関係のもとにおいては、Xらは、Aの死亡により、本件土地建物に対する同人の占有を相続により承継したばかりでなく、新たに本件土地建物を事実上支配することによってこれに対する占有を開始したものというべく、したがって、かかるXらに所有の意思があるかどうかいかんについては、XらのAの死亡を機会になした右のような「新たな権原」により本件土地建物の自主占有をするに至ったものと解するのを相当とすると、これを覆すに足る原審の挙示は、これを肯認するに足りないものといわなければならない。
しかしながら、他方、原審の確定した事実によれば、Xが前記の賃料を取得したのは、YからAが本件土地建物の管理を委託された関係にあり、同人の遺族として生活の援助をうけるという趣旨で許されたためのであって、Xは昭和32年12月以降57年9月までに本件家屋の南半分の家賃を支払っており、Aの死亡後Xが本件土地建物を占有するにつき所有の意思を有していたとはいえないというのであるから、Xらは自己の占有が自主占有であることを主張しても、本件土地を時効によって取得することができないものといわざるをえない。
解説
本判決は、被相続人が占有していた不動産につき、被相続人が、被相続人の死亡により占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合、その占有が外形的客観的にみて独自の占有に基づくものであるときは、相続人は、独自の占有に基づく時効取得の成立を主張できるとし、相続が民法185条の「新たな権原」となり得ることを認めました。ただし、本判決は、Xの時効取得の主張を排斥し、Yの上告を棄却しました。Xが賃料を取得したのは、Aの遺族として生活の援助を受けるという趣旨であり、また、XはYに本件家屋の南半分の家賃を支払っており、Aの死亡後も本件土地建物を所有の意思をもって占有していたといえなかったからです。
◆この分野の重要判例
他主占有者が相続した場合における自主占有の証明責任 (最判平8.11.12)
他主占有者の相続人が自己の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合において、右占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である当該相続人において、その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を自ら証明すべきものと解するのが相当である。けだし、右の場合には、相続人が新たな事実的支配を開始したことによって、従来の占有の性質が変更されたものであるから、右変更の事実は取得時効の成立を主張する者において立証を要するものと解すべきであり、また、この場合には、相続人の所有の意思の有無を相続という占有取得原因事実によって決定することはできないからである。
解説
一般に、占有者は所有の意思で占有(自主占有)するものと推定されるので(民法186条1項)、占有者が占有の意思が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は、その占有が所有の意思のない占有(他主占有)であることについて立証責任を負います。本判決は、他主占有者の相続人が自己の占有に基づいて占有物の時効取得を主張する場合、186条1項は適用されず、自主占有であることを証明しなければならない、すなわち、自主占有であることの証明責任は、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である相続人にあるとしました。
過去問
Aは、Bから土地を借り受け、建物を建てて居住していた。当該土地の借受け時から7年たったところでAが死亡したため、別の場所に居住していたAの相続人Cが、当該土地がAの所有であったと信じて当該建物に転居し、更に12年が経過した。この場合において、BがCに当該土地の明渡しを求めたときは、相続は新権原には当たり得ないことから、Cは自らの占有のみを主張して10年の取得時効を援用することはできない。
(公務員2014年)
被相続人Aが他主占有していた不動産について、相続人Bが、Aの死亡により同人の占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合、その占有が外形的客観的に見て独自の占有に基づくものであるときは、Bは、独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができる。この場合、民法第186条第1項により、占有者は所有の意思をもって占有するものと推定されるから、Bの取得時効の成立を争う相手方が、Bの占有が他主占有であることの主要立証責任を負う。
(公務員2020年)
相続人が、新たに相続財産を事実上支配することによって占유を開始し、その占有に所有の意思があるとみられる場合は、被相続人の占有が所有の意思のないものであったときでも、相続人は民法185条にいう「新たな権原」により所有の意思をもってする占有を始めたといえます(最判昭46.11.30)。当該土地がA所有であったと信じて当該建物に転居したCは、「新たな権原」により所有の意思をもって占有を始めたといえ、自らの占有のみを主張して10年の取得時効を援用することができます。
他主占有者の相続人が自己の占有に基づいて占有物の時効取得を主張する場合、186条1項は適用されず、Bは、自己の占有が自主占有であることを主張立証しなければなりません(最判平8.11.12)。